水琴窟(すいきんくつ)というものを初めて見た。見たというよりも、聴いたといったほうがいいだろう。地下からきこえてくる音は、繊細で、しめやかで、そのくせちゃめっ気があって、なかなかの味わいだった▼おおざ
っぱにいえば、手水鉢(ちょうずばち)やつくばいの近くに、つりがね状のかめを伏せて地中に埋めこみ、中を空洞にしておく。かめの底にあけた穴から水がしたたり落ちると、水滴の音が反響して妙音を出す仕掛けをつくる。それを聴いて楽しむのが水琴窟だ(洞水門ともいう)。造園技術の最高傑作の一つだろう▼江戸から明治にかけては盛んに愛好されたそうで、品川の旧吉田記念館の庭園に残っていることを本紙東京版が伝えていた。昨今はすっかり廃れたが、東京の小林玉来さんの家に新しくつくられたものがあるときき、見学させていただいた▼縁側の手水鉢のすぐ前は玉石で、その下に、大きなかめが埋めこまれている。水を注ぐ。間があって、ぽぽぽん、ぽん、ぽぽんと静かな音が地中からかすかにきこえてくる。こんこんとくぐもった金属音にもなる。鍾乳洞で水のしたたる音をきくような、涼味がある▼まことに悠長な話だが、ぽぽんのあとの余韻がいい。余韻、余情、余香、余哀。昨今は「余」という文字をもつことばが余計者扱いにされ、肩身を狭くしている時代だけに、この清音がなつかしくきこえた▼昔の人は音について実にこまやかな神経をもっていた。風声にまじるこの微妙な音をたのしむゆとりを、あわせ持っていたのだろう。今は車の騒音が水声の余韻をかき消す。「これを作ってから車の音のうるささが気になりだしました」と小林さんがいった▼作ったのはもう引退した庭師の榎本伊三郎さんである。榎本さんは約五十年前の親方の仕事を思い出しながら作ったという。あるいは、今も健在の水琴窟が全国のあちこちにあるのかもしれない。